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平田被告に求刑 懲役12年


公証役場事務長拉致事件の逮捕監禁罪などに問われたオウム真理教元幹部平田信被告(48)の裁判員裁判の公判が2月27日、東京地裁(斉藤啓昭裁判長)で開かれ、検察側は「組織犯罪の成功に不可欠で重要な役割を果たした」として懲役12年を求刑した。
 検察側は論告で、拉致事件の計画を知らなかったとする被告の主張について「事前に幹部から説明を受けており、弁解は全く信用できない」と指摘。「重大、悪質な組織犯罪で役割を全うした。約17年も逃亡して社会に恐怖を与えた」と刑事責任の重さを強調した。
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平田被告 仮谷さんの遺族と示談成立


オウム真理教元幹部平田被告が関係したとされる、目黒公証役場事務長の仮谷清志さん拉致事件に関して、平田被告が仮谷さんの遺族に示談金の支払いを申し入れていたことが分かった。
謝罪と真相究明に関して協力することが条件とされている。

仮谷さん側の弁護士によると、平田被告と仮谷さん家族側で和解所が作成され、出所後に毎月一定額の金額を
支払う約束などが記されている。

公判では、平田被告に有利な情状証拠となる可能性がある。


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逃亡中の潜伏先は(1)


平田信はずっと消息が不明だったわけではない。
警察は潜伏先を何度か発見しているが、いずれもさった後である。

仙台では今回平田逮捕後に出頭してきた斎藤明美容疑者と生活をしている。
斎藤明美容疑者容疑者が住み込みの割烹料理屋でのアルバイトをし
同じ所に潜伏していたと見られている。

1996年2月、捜査員はようやくこのアパートの存在を突き止めたが、部屋に踏み込んだ時、
斎藤の姿も平田の姿もそこにはなかった。ドアの上の磨りガラスには白い紙が貼られ、
部屋のカーテンはすべて閉められていた。

斎藤は捜査員が訪れる数日前にアパートを引き払い、
3か月勤めた割烹店に「一身上の理由で」とだけ電話で告げて辞めていた。

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15年の逃亡生活 オウム真理教平田信 4 出頭当日の足取り


大晦日の出頭当日の足取りは以下のようになっている
・新大阪から新幹線で品川に
・品川から大崎へ行くも、警察署の入り方がわからずに断念
・恵比寿へ移動し周辺を歩いた後、地下鉄で霞が関へ
・警視庁に出頭したが相手にされず、徒歩で丸の内署へ

警視庁出頭時に入り口の機動隊員に「平田信です。出頭しにきました」と伝えたが
隊員は手配書と比べ、男が茶色の長髪で身長も高くないように見え、頬の肉付きがふくよかなことから悪質ないたずらと判断。「警察署か交番に行ってください」と丸の内署へ向かうよう指示したという。

丸の内署では無言で庁舎内に入ろうとして呼び止められて名乗り、身長も約180センチと手配内容と一致することから、公表されていないほくろの位置を確かめられた。
首と肩の間付近に内部資料通りのほくろがあり、本人の可能性が一気に高まったという。
指紋鑑定には、平田容疑者から過去に採取した指印を使い、念を押すため1995年に教団関連施設の家宅捜索で押収した同容疑者の私物から採取した指紋も活用した。

今回は平田信が出頭する気が強かったために、最終的に丸の内署へたどり着いたが
警視庁での対応は、職務怠慢といっても過言ではない。
警察庁長官は後日、記者会見で「対応として適切でなかったと言わざるを得ない」と述べた。
「緊張感を持って職務に当たるように指導する」と述べ、再発防止を徹底する考えを示した。

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15年の逃亡生活 オウム真理教平田信 3 島田裕巳宅爆弾事件


1995年(平成7年)3月19日午後7時25分頃、東京都杉並区のマンションの1階玄関出入口ガラスドアで時限式起爆装置が爆発した。
その後の捜査で、オウム真理教信者らが同教団に好意的とされた宗教学者で日本女子大学教授・島田裕巳の自宅マンションを爆破したことが判明する。反オウムの者による犯行に見せかけ、警察の捜査を撹乱させることを目的としていた。
この事件では井上嘉浩が爆発物取締罰則違反容疑で逮捕されて有罪となった。
2004年(平成16年)に警察庁長官狙撃事件の捜査を目的として、爆弾事件の容疑で石川公一が別件逮捕された(後に釈放され、不起訴処分)。
(Wikipediaより)

なお、島田裕巳氏は当時の宗教家としては数少ないオウム擁護派であった。
サリン事件前にオウム真理教を宗教団体として評価するコメントが多く、
中立的と言うよりは親オウム派と見られていた面が強い。
反オウムとして知られていた江川紹子氏とは意見の食い違いが多かったようだ。
詳しくはリンク先参照


平田信はいずれの事件の手配も直接手を下した実行犯としてではない。
爆破事件の方は直接人を狙ったものではないが、爆破事件に対する刑は重く
死刑、無期から7年以上の懲役となっている。
おそらく7年の懲役を求刑されると思われる。

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